ARCHITECTURE DESIGN
環境デザインに関する考察
#2 実在する様式をトレースした形而的設定
BR
IDGE TO REALWORLD
スター・ウォーズは常に宇宙を舞台として描かれた物語との印象を持たれがちだ。しかし、実際はそうでもない。例えば『新たなる希望』の冒頭など、ものの5分で物語は宇宙から砂漠に振り落とされる。そこから映画の前半1時間、物語は砂漠の星/タトゥイーンで展開する。また『帝国の逆襲』では、主人公ルークが宇宙にいるのはラストシーンの1分間と中盤のXウィングでの移動時のみである。『スター・ウォーズ』というタイトルから、宇宙空間を舞台にした物語をつい連想しがちだが、実は地に足のついた(!)シーンが大半を占めているのである。事実、数多く気候や文化の違う舞台が用意されていることは先に触れたとおりである。それらは地球外の環境として様々な設定の工夫をこらしてはいるが、おおむね我々のよく知っている自然環境をトレースしたものとなっている。
この設定はスター・ウォーズがSFではなくファンタジーであることを考えれば、さして大きな問題ではない。むしろ観客を引き込むための設定としては、正統的な手法と言える。そして、都市環境や建築環境も、それらにならって実在する様式やデザインを落とし込んだもので統一されているのである。たとえばコルサントだ。
『ジェダイの復讐〈特別篇〉』のラストシーン、皇帝の死による帝国の崩壊を群集が祝うシーンにてスクリーンに初登場し、新三部作では主要舞台となっている銀河の首都「コルサント」の風景は、アメリカの商業、文化の中心であるニューヨークのスカイスクレーパーの未来像を描いたような都市である。
ネオゴシック
[★1]
とアールデコ
[★2]
が混在したその意匠は、天へ向かった垂直性をよく顕わした形態をした建築群によって形成されている。コルサントの場合、それに加えてドイツ表現派
[★3]
のような裾広がりのフォルム加わり「超高層の表現派」という現実にはないデザイン展開がなされてはいるが、全体を統括したデザインは「アメリカの中心」、そしてアメリカ的解釈における「世界の首都」であるマンハッタンをトレースしたものと言い切ってよいだろう。
このように、実在の都市をモチーフとして、社会的な意味づけと造形的なイメージの両側面を舞台設定に落とし込む作業は、安易なようにも思われがちだが、娯楽映画の手法としては最も基本的な手法なのだ。スター・ウォーズではこの手法を使った都市環境が随所にみられる。
ランド・カルリジアンが統治する〈クラウド・シティ〉は、その市民のほとんどが有色人種の空中都市である。これは、銀河の中心から外れた地方都市を極めてアメリカ的な解釈で表現した設定といえよう。
また、『帝国の逆襲』でルークが修行中にダークサイドを垣間観るダゴバの洞窟のシーンでは、これとは少し違う手法がとられている。
不気味な気配を感じたルークは、自ら進んで地下に広がる洞窟に入って行く。その洞窟を注意深く観ると、斜壁がある回廊のような空間であることがわかる。
[★4]
この回廊は、『地獄の黙示録』に登場するような密林の遺跡建築をイメージさせる。
ダゴバに建築物があることは意外であるが、そのようなストーリー上の設定よりも重要なことは、自らの心に潜む闇と対面する空間が地下にあるという設定である。
文学的にいえば、森の持つ象徴性と、洞窟の持つ象徴性は、近いものがある。それらは、すなわち「深層心理」の象徴を意味する。そして、このシーンにおいてルークは自分の中に潜むダークサイドを自覚するのである。自らの中に潜む深層心理を自覚するにふさわしい環境設定を求め、その象徴性をとって森(密林)の奥にある遺跡のような地下建造物としたのであろう。そして、その心理描写の舞台として、まるでアジアの密林奥地の遺跡を思わせる形態をした空間が用意されたのである。
★3 20世紀初頭にドイツで生まれた新様式。B・タウトのガラスパビリオンなどがその起源といわれています。意図的なデフォルメや形態の抽象化などがテーマとなり、地面から生えたような形が特徴です。
表現派のスタイルは画一的なものではありません。
形を変えて、欧米諸国、そして日本にもその概念は広く伝わりました。
左:グルントヴィ教会
1940
設計:P.V.Jensen Klint
こちらは40年代デンマークに立てられた煉瓦造の教会です。表現派そのものではないですが、北ドイツ表現派の影響を受けたフォルムが特徴的です。
右:ヘキスト染色工場
1924
設計:Peter Behrens
新古典主義的なディティールを表現はの言語でまとめあげたアトリウムは圧巻です。
★1 ゴシックスタイルを基調としたリバイバルスタイル。
垂直性などが特徴です。
★2 古典主義とモダニズムのはざまにアメリカに開花した新様式。工業性、鋭角性、反復性などが特徴。ニューヨークの超高層建築には多くアールデコが採用されました。
NYの代表的な超高層アールデコ建築
上:
マグロウヒル・ビル
1931
設計:Raymond M Hood
中央および左下:
クライスラービル1930
設計:William Van Alen
右下:
エンパイヤステートビル
1931
設計:Sheve, Lamb & Harmon
★4 ダゴバでの修行の中で、ルークが自らのダークサイドを垣間見る重要なシーン。密林の地下に、こんな構造物が!
TWO C
IT
IES
『ファントム・メナス』劇場予告で、初めて我々の前に姿を現したクイーン・アミダラの王宮=シードは、圧倒的な美しさで観るものを魅了した。
全世界のファンたちは、この王宮をはじめとする新しい舞台のイメージと、足かけ20年待ち続けたオビ=ワンたちの若かりし頃の物語をそれぞれの胸の中でトレースし、公開までのときを首を長くして待ち続けた。
満を持して公開された『ファントム・メナス』は、その期待を裏切らないだけのつくり込まれた物語とビジュアルによって構成されていた。当然、劇中で描かれる新しい舞台も、旧作のそれを上回るしつらえをもって具現化されている。
タトゥイーンの「モス・エスパ」は、かつて描かれた「モス・アイズリー」以上のにぎわいを見せる町として映像化され、ジャバの持つポッド・レース場は、『ベン・ハー』をも彷彿とさせる大迫力のスタジアムとして、物語中盤の山場を飾った。
また、都市としての全貌が初めて描かれた銀河の首都「コルサント」も、『ジェダイの帰還<特別篇>』で描かれたそれに比べると、様々な文化を確認することができる「未来都市」として描かれていた。ストーリーの中で重要な位置を占めるナブーの2つの街も、コルサントや、モス・エスパ同様に、丁寧なリサーチを重ねた上でビジュアル化されている。
だが、この2つの都市のデザインモチーフは、他の都市の意匠設定とは違った意味合いを持つものとして ----つまりは物語全体の主題に韻を踏んだものとして---- 丁寧にまとめられている。
このナブーの2つの都市「王宮=シード」と「グンガ・シティ(グンガンの街)=オート・グンガ」に焦点をあてて、その意匠の考証を行ってみたい。
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シードは、南イタリアのナポリ郊外に位置するカゼルダ宮殿
[★5]
で撮影された実写にCGを加えて創出された。玉座の間や、色大理石の列柱などは、ロケによって撮られた実写であるが、インテリア、エクステリアを問わず、実写がそのまま成果物に残されているシーンはほとんどない。おおよそのシーンは、実写にCG処理を行い、「カゼルダ宮殿」ではなく、独自の「シード」の環境を丁寧に創作しようと試みられた結果の合成映像なのである。ほとんどの観客が、実写と思い疑わないカットのうち、そのほとんどがバーチャルセットとの合成によって成立している。その判別は、もはや素人の目では不可能である。もっとも、西洋古典建築の知識があれば、様式的な識別によって合成部分の判別を行うことは可能であろうが、その行為は『ファントム・メナス』のバーチャルセットの合成技術が高いレベルで完成しているがゆえに行われるものであると言えよう。
フルCGでつくられた俯瞰の映像を観ると、この王宮が実在の様々な古典様式の折衷スタイルでまとめられていることがわかる。列柱の上に破風を持つスタイルは、ギリシャ様式特有のものである。シードではペディメント
[★6]
ではなくヴォールト状の破風が確認できるが、円筒形の主要部分の前にペディメントのある列柱をいただいた宮殿全体のプロポーションは、ローマのパンテオン
[★7]
にも似たものとなっている。
また、連続アーチは古代ローマ様式、そして中世期に成熟をなしたルネッサンスやバロックとも言える意匠が随所に取り入れられているが、それらは全体として統一されており、奇をてらったデザインではなく、むしろ理性的で普遍性すら感じ得る環境としてまとめられている
[★8]
。
その上、連続するドームによって大空間を設ける構造や、宮殿全体のプロポーションは、イスタンブールのアヤ・ソフィア寺院
[★9]
のようなビザンチン様式の大建築を踏襲していながらも、全体の与えるイメージはあくまでオリジナルなスタイルとして確立されており、その手つきのよさは見事なものである。
ナブー建築文化は、これら19世紀以前の実在する様々な古典様式を借用して創造されているのである。シードが、『ジェダイの復讐』のジャバの城のような独創的な様式ではなく、実在する古典様式の折衷で構成されている理由は何であろうか。
スター・ウォーズは、「遙か昔、遠い銀河の彼方の物語」である。この設定は、多くの物語が持つ「昔々あるところに……」というくだりと何ら変わらぬものだ。当然、そこで描かれる環境は、実体験の中で我々が得る印象に近しいものが求められてくる。なぜなら共通の認識ができる環境設定を敷くことで、シーンの持つ特性や歴史、位置づけをいちいち説明しなくとも、舞台の背景を演出し、観客に共通のイメージを与えることが可能となるからである。シードもこの例にもれず、実在する古典様式を折衷することで、「いつの時代のどこの都かはわからないが、共通して認識できるいにしえの都」に近い印象を得ることに成功しているのだ。
かくして私たちはシードを一目観ただけで、この都が、過去に複数の異文化を受け入れてきたであろう懐の深い歴史のある都市であることをうかがい知ることができるのである。
このように、実在様式に近いスタイルを基調として都市環境を描く手法は、ナブーのもう1つの街、グンガン族の水中都市「オート・グンガ」を描く際にも使用されている。
デザイン画でみるとさらにギリシャやビザンチンといった中世以前の様式の面影を見る事が出来ます
。
★5 カゼルダ宮殿
18世紀、ナポリ王によって建てられた南イタリアの荘園文化を代表する宮殿。当時、パリ郊外のベルサイユ宮殿の影響を受けて、イギリスやイタリアでブームとなった大庭園を持つ宮殿のひとつ。
★6 ペディメント
ギリシャ様式にみられる三角破風。
★7 パンテオン DC124
ローマのほぼ中央 Piazza della Rotonda に位置する神殿。直径44.5mのドームを頂いた円筒形の大空間の前に、ギリシャ様式特有のペディメントを持つ列柱が付随しています。世界最古のコンクリート建築物です。
★9 アヤ・ソフィア DC537
代表的なビザンチン建築です。ビザンチン特有のドーム構造によって大空間を創り出しています。4本の塔(ミナレ)は16世紀に増築されたものです。
★8 王宮シード
パンテオンとアヤ・ソフィア各々の面影があるのがわかります。
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W ART
オート・グンガは、前世紀末にパリで繁栄を見せたアール・ヌーボー(新芸術)を基調としてデザインされている。植物的な有機曲線とやわらかなライティングとのマッチング……。オート・グンガは、これら女性的なアール・ヌーボーの特徴をふまえた絶妙な空間として具現化されている。アール・ヌーボーは、産業革命によって引き起こされた封建社会の崩壊の後に生まれた19世紀末の新様式である。長く続いた封建社会の象徴でもあった古典建築を払拭すべく、時代に受け入れられた新しい社会に見合った新しい様式(スタイル)、それがアール・ヌーボーである。
この新様式は、ときの新交通であったメトロ(地下鉄)
[★10]
や、市民のためのアパートメントなどに積極的に取り入れられた。アール・ヌーボーは、イタリア・ミラノでは「ミラノ・リバティ」として、またスペイン・カタロニア地方では、ガウディに代表される独特のスタイルに派生して、近代ヨーロッパに広まった。
これらヨーロッパ各地に派生した様式を含んだ広義の「新様式=アール・ヌーボー」の持つ意志は、「封建社会からの解放」と、それにより市民が勝ち取った「自由」に集約されると言えるだろう。
グンガンの持つ様式は、都市環境のみならす、インダストリアルデザインに関してもアール・ヌーボーで統一されている。物語の中で、クワイ=ガンたちに与えられたボンゴは、まさにアール・ヌーボーを基調とした華麗な小型船であった。イカやエイなどの水棲生物をモチーフとしたボンゴのプロポーションは、アール・ヌーボー特有の有機曲線によってしなやかに描かれている。
この水中都市が、アール・ヌーボを基調としていることは、実はそのネーミング自体からもうかがい知ることができる。オート・グンガの「グンガ」は、「グンガン」の派生語であろうが、「オート(Otoh)」はおそらく、19世紀末よりパリで活躍したアール・ヌーボー建築の第一人者、ヴィクトール・オルタ(Victor Horta)の名からとられたものだろう。
事実、オート・グンガのディティールは、オルタ自邸や、タッセル邸
[★11]
などといった一連のオルタ作品のディティールを継承している。これら「オート・グンガ」のデザインは、ギマール、オルタから100年を経てビジュアル化された新しいアール・ヌーボー環境として、今後美術史の中でも語られることになるかも知れない。
★11 左:タッセル邸
1892-93
設計:Victor Horta
有機的な曲線によって描かれたディティールが官能美をかもしだしています。
アール・ヌーボーの色っぽい階段です。
ジャー・ジャー・ビンクスらグンガンの水中都市「オートグンガ」のデザインは、アール・ヌーボーで統一されていました。
★10 パリに現存するエクトール・ギマール設計の地下鉄出入口。植物を想起させる有機的なデザインが特徴です。
PE
ACE!
ナブーとグンガン。彼らは、お互いの存在を認識しながらも、黙視し合うことで互いの社会を維持してきた。一方は相手が自分たちをさげすんでいるとして忌み嫌い、また他方は、相手を「とるに足らない種族」として無視し続けてきた。この構図は、古典社会と近代社会の関係にも少なからず似ている。古典社会の象徴である様式建築によって構築されたナブーと、封建社会崩壊後の近代社会の新芸術であるアール・ヌーボーによって描かれたオート・グンガ。
この2つの都市の環境テーマは、水と油の関係であった2つの文化を具現化するに、うってつけの啓示的設定であったと言えよう。
そして水と油の2つの種族の間に、物語の大テーマである「共生」という主題が描かれるのである。
『ファントム・メナス』では、環境デザイン設定が表層的なデコレーションではなく、意匠論としても成立し、かつ、物語自体と韻を踏んで考案されていたのだ。この懐の深い場面設定があるからこそ、物語はスピードを維持しつつ舞台背景を語ることができたのである。
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